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謡曲「芦刈」を題材にした芦刈山の御神体

老翁の姿で能衣装に水衣をはおり、懐に中啓(ちゅうけい、末広の扇子)、右手に鎌を左手に芦を1本持ち、芦原に立つ姿で、緋羅紗(ひらしゃ)をかけた山籠(やまかご)に真松を立て、梢近くに掛けた金色の三日月を背景に秋の薄暮れを表しています。御神体の旧衣装の小袖は、山鉾最古のものです。

御神体の小袖

能装束姿の御神体は、水衣の下に小袖を2枚重ねて着ています。上には「紺地亀甲龍鳳凰文様」(昭和32年、1957年)、その下に「黄地丁字唐草文様綸子」。その他にも「獅子蜀江文様繻珍錦」(江戸期)、重要文化財の「綾地締切蝶牡丹文様片身替」(天正17年、1589年銘)などを所有しています。

重要文化財小袖
綾地締切蝶牡丹文様片身替

  • 重要文化財小袖1
  • 重要文化財小袖2
昭和45年(1970)、国の重要文化財に指定された御神体の旧衣装であるこの小袖は、京都祇園祭の山鉾に残る衣装の中で最古のものです。襟裏に天正17年(1589)の墨書名があり、芦刈山町内では織田信長拝領の小袖であると伝わっています。

黄地丁字唐草文様

現在、紺地亀甲龍鳳凰文様の下に着用

黄地丁字唐草文様

紺地亀甲龍鳳凰文様

現在、水衣の下に着用している小袖

紺地亀甲龍鳳凰文様
昭和32年
小袖 獅子蜀江文様 繻珍錦

獅子蜀江文様 繻珍錦

現在は損傷が激しいため、使用されていません。

獅子蜀江文様 繻珍錦
江戸期
御頭は2種類あり、天文6年(1537)七条大仏師康運作の銘がある本頭(ほんがしら)と、江戸期に作られた写頭(うつしがしら)があり、平成14年(2002)共に修理しました。以後、巡行には写頭が使われ、本頭は永久保存とし、宵山のお飾り宅だけで見学可能です。(墨書銘「運慶子孫七条大佛師 式部卿法印康運 天文六年丁酉六月二日 造之」)

御神体の水衣・袴

小袖の上に水衣を羽織っています。現在の水衣は昭和50年代後半に新調されたもので、大正8年(1919)から改められたものです。その他、天保2年(1831)、享保13年(1728)の同系色同型のものも残されています。

現存する大口袴は3種類あり、同系色の2点「紺地雲龍文様綾地金襴」(現行)、「紺地襷菊花文様綾地金襴」の他に「花樹繁文様インド更紗」を裏地に配した「白地立涌花文様綾地金襴」があります。

萌葱紗

現在、小袖の上に着用

萌葱紗

紺地雲龍文様
綾地金襴 大口

現在、着用している袴

紺地雲龍文様
綾地金襴 大口
白地立涌花文様

白地立涌花文様 綾地金襴

白地立涌花文様 綾地金襴
裏:花樹繋文様インド更紗

御神体の小物

芦 - 御神体が左手に握る芦は、正絹の造花で昭和45年(1970)に新調されました。同じく欄縁の上にも正絹の芦の造花を挿して巡行します。
鎌 - 御神体が右手に握る金メッキの鎌は、平成17年(2005)、刃の部分のみ新調されました。同じく山の松の上にかかる三日月も、この時に新調されましたが、記録によると昔は金色ではなく銀色だったようです。
中啓 - 折りたたんだ時に上端がイチョウの葉のように広がる扇で、半(中)ば開(啓)いて見えるのでこの様に呼びます。御神体の胸元に挿します。
腰帯 - 腰帯は前垂と後帯「紺地龍木瓜巴文様刺繍」(昭和61年、1986年)の他に「紫唐草鳳龍金襴」(平成20年、2008年)、「紺地雲龍文様金襴」(文化12年、1815年)があります。

御神体の芦

御神体の芦

昭和45年(1970)

御神体の鎌

平成17年(2005)修復

御神体の帯

前垂と後帯
「紺地龍木瓜巴文様刺繍」

御神体の帯
昭和61年(1986)

御神体の中啓

(ちゅうけい)

中啓